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反戦・平和アクション
更新:2002年10月18日(金)16:00 (日本時間)

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反戦・平和アクション 中間総括

 この中間総括は、Webサイト 反戦・平和アクションの開設1周年にあたり、編集委員会が市民緊急行動に対し提出したものです。ネットワーク上での反戦・平和の呼びかけの位置と私たちがなすべきこと・できることについてまとめたものとなっています。
 当初、「事務局内部向け」のものとして書かれたこの総括文章ですが、その重要性から、全文を公開することとしました。ご意見、ご感想などぜひお寄せください。(編集委員会)

 

「反戦・平和アクション」中間総括

2002.9.18 反戦・平和アクション編集委員会

 Webサイト「反戦・平和アクション」(以下「反平ア」と略す)は10月をもって開設以来1年を迎える。
 「テロにも報復戦争にも反対!市民緊急行動」の「公式サイト」でありながら、編集委員会による準独立形式での運営がなされてきた反平アは、また、「全国いっせい12・8行動」「今こそ平和を!5・3アクション」など、これまでインターネット上の日本語文化圏では存在しなかった新たな試みをも為してきた。
 我々の取り組みは、日本の市民運動圏にほんの少し、新機軸を持ち込みそれを定着させることができた。また一方、いくつかの試みは実現できなかったり、また成功とはいえない結果に終わったものもあった。
 これらについて、いくつかの視点から振り返り、「9・11」1周年後の反平アの方針を確立するのが、本稿の目的である。

1.経過整理

1−1.サイト開設
 我々の試みは、9・11直後に緊急で立ち上がった9・17国会デモが、事前の情宣を旧来のスタイルで十分にすることができなかったにもかかわらず、実数で300人以上の市民が集まり、またそれらのうちのかなりの部分が「インターネットで知って自発的に集まった」という事実をもって開始された。
 この「インターネットで集う」という現象は、続く9・24代々木B地区集会でも見られ、近年にない規模で反戦・平和運動が広がろうとし、またその情報源・情報網としてインターネットが極めて重要な位置にあることが認識された。
 この事実をもって、「市民緊急行動」の内部=現在の編集委になる部分から「我々のWebサイトを持とう」という声が挙がり、準備が進められ、10・7に正式開設へと至ったのが反平アである。
 開設の時点で、反平アは以下のような目的意識のもとにあった。
(1) 反戦・平和運動のポータルサイトとしての位置の確立
(2) 全国の反戦市民運動の情報ネットワーク化
(3) インターネットに接続している、反戦・平和運動に興味のある市民に、「市民緊急行動」の理念によってフィルタリングされた厳選情報を提供すること
(4) インターネット上で、「なんとなく平和がいい」という層を、何らかの形で反戦・平和運動に結びつけること
(5) インターネット上で、反戦・平和運動そのものをつくり出していくこと
(6) 以上4つについて、これらの方針をあくまでも「市民緊急行動」の論理と組織的信頼性のもとに担保すること
 これらに基づき、我々はWebサイト、Web掲示板、メーリングリストを開設した。これらの機能分担は、(1)〜(6)の各目的別に区分されたものではなく、実務的に分散させたものであった。
 また反平アは、次のような組織的位置を与えられていた。
 (A)反平アは「市民緊急行動」の公式サイトであること
 (B)ただしその運営は反平ア編集委が独自に行うこと
 (C)運営に関してのコストは「市民緊急行動」とは分けて考えること
 これらのうち(B)は、「市民緊急行動」が、いくつかの異なる方針、運動への思いを持ちつつ共闘する組織であり、本来、そのコンテンツの細部について持ち回りによる合議が必要とされるが、それではWebの即時性が到底反映できないことから決められたものであった。また(C)は、製作のうち一部を「プロ」に「外注」するためのコスト、またWebサイトの「命脈」である「頻繁な更新作業」のための体制にかかるコストを"緊急の行動組織"である「市民緊急行動」に負担させないためのものであった。
 かくして開設された反平アは、当初、1〜2日ごとに手動で更新する、という驚異的な運営体制をつくりあげた。そして、とりわけ集会情報が全国で実際に活用されることとなったのである。

1−2.9・11以降のインターネットにおける反戦・平和運動全般
 しかし、9・11以降、インターネットによる反戦・平和運動を志向したのは我々だけではない。
 個人運用のサイトもいくつかあったし、それらのうちのいくつかは大きな訴求力を持つことになる(「Show the Frog」など)。また、レイバーネット日本、ビデオアクトなど、既存のオルタナティヴ系サイトも、その知名度やノウハウを生かした情報発信を行った。が、ここでとりわけ取り上げるべきは、9・11を受けて誕生し、反戦・平和運動プロパーとして、多数の人々あるいは情報を「組織化」または「緩結合」させようとする試みである。代表的なものとしては、我々、そして「antiwar」、「Chance!」、「反戦ネットワーク」がある。
 「antiwar」は、日本におけるネットワーク反管理・反監視運動のスペシャリストの1人である小倉利丸氏によって開設された。「使い手の自己責任で自由に活用してもらう」という理念のもと、一切の運動情報を無保証のまま集積し公開した。そのためにzopeというシステムを用い、利用者が自発的に提供した情報を半自動でサイト上に公開した。
 A Seed Japanに源流を持つ「Chance!」は、従来の市民運動とはまったく異なる形、すなわち、一般企業が行うような宣伝戦略をもって、主に「運動を知らない」若者を組織しようとしてきた。ユーザ向けの展開の中心はメーリングリストであり、Webサイトは主としてマスコミプレゼンテーションのために位置づけられていた。
 左派・アナキスト系ネットワーカーに基盤を置く「反戦ネットワーク」は、「一時的自律ゾーン」という理念のもとで、各自の反戦の思い・行動を、それぞれに干渉したり、それ自体の運動組織化を図ったりすることを目的意識的に拒否しつつ緩結合させる、という理念のもとにWebサイト、掲示板、メーリングリストを開設した。とりわけ特徴的なのは、日本国内でのさまざまな取り組みのレポートを、英語でも発信することである。各リソースの機能分担は、反平アと同じく、機能によって振り分けられている。
 これらのサイトは、それぞれの特徴が微妙に異なることから、いずれもそれなりの隆盛を得た。

1−3 初期の新たな取り組み バナー運動&12・8
 実際にアフガン空爆が始まり、市民の間に反戦・非戦ムードが高まる中、反平アは、その集会情報の豊富さで大きなアクセスを獲得した。設置サーバの技術的制限上、アクセスログを取得することができず、また開設当初はアクセスカウンタもつけていなかったが、10月末で日によっては1000アクセスを超え、11月半ばでも1日あたり400〜500トップページビューを記録している。これは、ここ1年間のインターネット利用傾向一般から考えれば小さいし、また当時の反戦意識の盛り上がりからしても大きい数字ではない(いかなるジャンルでも、人々の意識の向上とアクセスは直接は結びつかないものなので、「小さい」とは言えないことに留意)が、マスコミでその存在が報道されていない非地域型市民運動系サイトとしては*かなり*大きなアクセス数だったと言える。
 そして、順調なアクセス数とそれに刺激された運動情報・ニュースの頻繁な更新との相乗効果により、ネットを利用している既存運動層(市民運動に積極的にかかわっているか、能動的に情報を求めるほど関心が高い層)に対しては、非常に大きな信頼を、短期間で獲得することができた。当時から、そして今現在に至っても、全国各地の行動で「反平アを見て知り、来ました」という例が後を絶たないことがその表れである。
 そして、この信頼が「花開いた」のが、10・21報復戦争反対!全国一斉行動からはじまり、その後いくつかの主要な行動に向けて呼びかけられたバナー運動である。
 バナー運動が、日本の中で、呼びかけ元がターゲットと考える層にきちんと行き渡った例は少ない(盗聴法反対バナーは代表的かつ例外的な大成功例)。対するに、我々が呼びかけたバナーは、デザインも凝らずシンプルなものだったが、短い時間の間に(ほぼ1週間以内)全国の市民運動系サイトに次々と掲載されてきた。
これは、当初目的の1つである「全国の反戦市民運動のネットワーク化」を、インターネット上において実現できていることの端的な表れだったと考えてよい。
一方で、バナーが広がったからといって、これが集会参加そのものにはあまり結びついていない、という現実もある。これについてはあらためて考察が必要である。
 一方、ジョン・レノンの「イマジン」を11月11日にいっせいに歌おう、と呼びかけた「イマジンを歌おう」サイトにヒントを得、ネット上の新たな試みとして取り組まれたのが「12・8全国いっせい行動」である。
 12・8行動は、Webサイト上に「行動登録ページ」を作り、ジョン・レノンの命日である12月8日に全国各地での、個人・団体を問わずさまざまな反戦・平和的な行動を計画してもらい、これを登録してもらう、というものだった。当初の目標は「3ケタの行動の登録」であり、またこれをマスメディアの報道とリンクさせることで全国的な「反戦・平和」のムードづくりを狙うものとして取り組まれた。ページデザインをはじめてプロのデザイナーに有償で依頼するほど、意気込んで製作されたのである。
 12・8行動は、当初目標には達しなかったものの、全国で57の行動が取り組まれた。インターネット以外ではあまり告知が伝わらなかったこと、それ以上にインターネット以外からは行動を登録する術がなかったことを考えれば、この数字は、「市民緊急行動」および反平アの、インターネット上での知名度および信頼度を反映したものとして肯定的に評価できるだろう。しかし、当初の目標だった「インターネットでの動きをマスメディアで伝播させる」という設定は、朝日新聞にベタ記事が掲載されたのみで、成功したとは言えなかった。また日本全体を覆っているかに見える「受動性」、すなわち、現在の社会や政治に不満があり、その声を挙げる意志を持つ市民でさえも、呼びかけられた行動には参加を検討するけれども、それよりも「容易だ」と思われるような自発的・単発的行動を自らとることはしづらい、ということが明らかとなった。

1−4 2度にわたる掲示板閉鎖
 これらの積極的な面に対し、当時起こった唯一最大の否定的事件は、2度にわたる掲示板閉鎖である。
 当初、反平アは、インターネット上での反戦・平和運動のオープンコミュニティ形成のため、パブリックコミュニケーションスペースを3つ設けた。交流&情報掲示板・議論掲示板・情報メーリングリスト(ML)である。
 実は、この区分設定は、初期に編集委のうちの2人が参加し、先行してサイトづくりが進められていた「反戦ネットワーク」のコミュニケーションスペースとまったく同じものであった。「反戦ネットワーク」では、当初単一の掲示板を開設していたが、議論と交流が同じ掲示板で進められることは双方にとってマイナスだ、との認識から、話題別に書き込みを分離した方が利便性が高い議論掲示板をツリー型に、話題別に進まないほうがむしろ好ましいこともある交流掲示板を直線型とした。また同サイトは、日本の運動情報を英訳し海外に配信するという、日本の市民運動史上画期的な作業を行っており、翻訳者の打ち合わせ場所として活用することを大きな目的の1つとしてMLを開設した。そして当初は、それらすべてが有効に稼動していた。
 編集委は、これら3つの稼動ぶりを見、自らと「反戦ネットワーク」との差異についてはあまり深く考えずに、そのまま3つのスペースを開設した。2つの掲示板は交流・情報用と議論用に分け、システムとしてスレッドフロート型を導入した。MLで何らかの作業が行われることは当面は考えられなかったが、開設時にJCA−NETに同時に申し込んだほうがラク、ということでMLも開設した。
 しかしこれらは、「反戦ネットワーク」と性格づけがやや異なるにもかかわらずターゲット層が被ってしまい、「反戦ネットワーク」ほどには活発な交流が行われなかった。
 そしてそこに、「招かれざる客」である、いわゆる「2ちゃんねらーネットウヨ」が押し寄せることになるのである。
 いわゆる「ネットウヨ」は、右翼的な主張を掲げ(つつもその内実は右翼というよりは差別主義的保守)、巨大匿名掲示板である「2ちゃんねる」でさまざまな議論から煽り・中傷までをもやってくる、群集性が極めて強い不特定多数が中心である。そしてその中に若干、能動的・「論理」的に右派的主張を行い市民運動派を攻撃する部分をも持つ。彼ら/彼女らは、2ちゃんねるを「出撃拠点」とし、市民運動や左派運動、とりわけ反戦・平和運動や反ひのきみ運動などのWebサイト・掲示板を集団で「攻撃」し、その「戦果」をふたたび2ちゃんねるに持ち寄って喜んでいる。「攻撃」の内容はよくありがちな「反反戦」「反市民運動」の論理であるが、1人が仮に「論破」されても、次から次へと大挙して似た論理を繰り返しぶつけてくるため、まさに「多勢に無勢」となってしまうのである。
 そんな連中が、書き込み量が多くなく、「反戦・平和」を掲げている掲示板を見つければ、やることはただ1つである。反平アの議論掲示板は、開設からわずか1ヵ月後の11月には、早くも攻撃に晒されてしまう。
 編集委はこれに対し抗し切れず、すべての内容をいったんリセットして仕切り直し、「反戦・平和運動の趣旨に賛同しない書き込みはこの掲示板の趣旨に反するので削除する」との規定を明文化した上で掲示板を再開した。しかしその後も、単純無内容な荒らし書き込みこそ減少したものの、根本としては噛み合うことがほとんどない不毛な議論が延々と続くこととなり、さらには現役自衛隊員による書き込みの可能性が極めて高いものも登場するに至り、「編集委の力量ではこの場の維持および今後どのようなリスクが生じるかわからない危険の大きさへの対処をやりきれない」と判断、3月に掲示板を閉鎖するに至った。
 日本の市民運動の中で、反対者からの意見も含めた上での噛み合ったコミュニケーションが見られるネット掲示板はほとんどない。また反対者を遮断する形でスペースの防衛的運用がかちとられている例はあるが、これらでは「少数先鋭」の参加者が一致結束して防衛運営に積極参加していることがほとんどである。(「市民緊急行動」も参加している「住基ネット8月5日実施を許さない実」の掲示板では現在、管理者がほとんど何もしていないにもかかわらず理想形に近い運用がなされているが、これは単に「保守派にも反対者が多い」「ネットワーカーにとって盗聴法以来の『わかりやすい』話題」などの要因が重なったためであり、例外中の例外である)
 その面で、反平アの掲示板が閉鎖に追い込まれたことは、市民運動派にとっての典型的な問題をつきつけられ、それに典型的に敗北した、ということに他ならなかった。

1−5 有事法制をめぐる攻防 キャッチコピー募集
 前項のような否定的な事態もあったが、全体としては、反平アは日本の市民運動の中で「ネット上で知っている人は知っている」という位置を獲得することができた。
 しかし、「母体」となる反戦・平和の市民運動は、有事法制をめぐる攻防が焦点化してきた今年1月から、「市民緊急行動」を含む一部運動体による運動が先駆的に立ち上がってきてはいたが、それが多数を形成するというところにまではなかなか至らなかった。アフガン空爆以来、しばらくあった市民の行動の大きなうねりは退潮気味となったままであった。
 そんな中、「市民緊急行動」呼びかけではじめられたのが「有事法制に反対するキャッチコピー」キャンペーンである。
最優秀作品・優秀作品には賞金を贈呈することにし、反平アサイトや各種ML、またネット上に多数存在しているいわゆる「懸賞応募サイト」にも募集を掲載し、広く応募を呼びかけた。その結果、締め切り直前になって新聞に掲載され、それを見て応募してきたものも60通程度あったが、その5倍にあたる320通はネット上で寄せられた。そして最終ノミネート作品20通はすべて、ネットからの応募作品となった。最終選考結果は、4月20日の市民集会の場で発表となり、現在に至るも「市民緊急行動」のデモのプラカードに用いられているなど、大いに活用されている。
 この試みは、優秀作品「国家守って、人守らず」「人を殺さないことが、罪になる時代へ。」「戦争は、準備をするとやってくる。」のコピーとしての秀逸さはもちろん、主にネットで取り組まれたものが、市民運動関係者以外をも巻き込んで、現実の市民運動の場で生かされた、という画期的なものだった。ネット中心の募集だったことで賞金以外のコストはほぼゼロにもなり、今後の市民運動のための大きな正の経験となったと言えよう。

1−6 5・3アクション
 一方、12・8行動を受け継ぎ、更なる大きな行動として当初計画されたのが「今こそ平和を!5・3アクション」である。
 5・3アクションは、とにかく日本のあらゆる反戦・平和運動に何らかの意義を持つものとして位置付けられている憲法9条への改憲攻撃に対し、現状の反戦・平和運動の力量を率直に反省し、これからの運動の方法論として、少なくとも「やがてやってくるかもしれない国民投票では多数派を確保する」という最低目標を実現していくための素地づくりを目指して企図された。
そして、12・8行動型の登録情報を「リアルアクション」と名づけ展開するとともに、「サイバーアクション」として、首相官邸や与党の国会議員あての反戦・平和のメッセージをサーバに登録し、これを5月3日に自動送信する、という取り組みを行った。そしてこれらを、特に後者をマスメディアを通じて宣伝し、広く市民に関心を喚起しよう、という方針が立てられた。
 またサイトづくりにあたっては、日本の市民運動系サイトとしてはめずらしく、オープニングにフラッシュムービーを置き、さらに5・3に向けての著名人・関係者からのビデオメッセージをリアルビデオで動画配信する、という試みが行われた。
 これらは、全体としては、残念ながら低調に終わったといわざるを得ない。
「サイバーアクション」についてはマスメディアへのプレゼンテーションも行ったが、「同じ日に同じ趣旨のメールを大量送信することは『サイバーテロ』と捉えられかねず、それを積極紹介するわけにはいかない」との理由から掲載を断られたメディアもあった。また編集委としてはまさにその『サイバーテロ』とのレッテルを許さないため、また実際に内容を受信先に読んでもらうため、「送信メールの本文を参加者自身の言葉でつづってもらう」というシステムとしたが、これが「敷居を高くした」ことは否めない。その結果、登録されたメッセージは112通にとどまった。
また、「リアルアクション」については、企画段階とは有事法制をめぐる動きが変化し、編集委が実際の集会や反平ア更新などに力量を割いたこともあいまって、行動登録を集め促すためのオフライン上での取り組みが12・8行動以下になってしまったこと、そしてまた前述のマスメディア対策の問題により、41行動の登録にとどまった。
 これらは大きな反省材料であり、限られた力量の中、どこまでのことをやり切れるのか、マスメディアがどう対応してくるのかを精緻に見極められなかったことは、今後のこの種の企画において十分検討されなければならない。
また技術的にも、112通のメッセージの送信だけでも(といっても1通あたり200箇所に送信しているが)、メールサーバにかなり負荷がかかってしまった。これがもし10000通の登録だったならば、システムがパンクしていたところである。今回は顕在化しなかったものの、システム構築面でも大きな問題があったことは事実である。
とはいうものの、大きな成果もあった。実際に登録された112通のメッセージを寄せた人の年齢層は、10代から60代まで、「性別」を問わずまんべんなかった。これらの人の多くは、ふだんは市民運動をしていないと思われる。そのような人たちが、少数とは言え、インターネットで見つけた情報に基づいてメッセージを寄せてくれたのである。
 我々はこのことを重く受けとめ、これらの人たちに今後どのようにして継続的に言葉を伝えられるか、これらの人たちの声を今後どのようにして大きくしてもらえるのか、ネット上の問題として積極的に考え実践していかねばならない。
 また、動画配信については、予想外の大きな反響があった。市民運動系サイトがビデオメッセージ送信を始めたことは、既存のオルタナティヴ系映像メディアにとっては衝撃的だったようだ。このことは、反平アの持つアドバンテージとして今後も積極的に活かしていくことを追求していかねばならない。

1−7 8月現在の現況
 現在、「有事法制の短期強行制定が阻止されたすぐ後」という状況の下、反平アはおおむね週1回の更新を行い、運動情報の発信を中心としたサイトとして、ネット上ではその地位を不動のものとしている。前述のとおり、各地の集会や行動に「反平アサイトを見て知りました」として参加する人は後を絶たない、としばしば耳にする。
 アクセス数は1日に100件前後で、これは極端に少ないようにも見えるが、「高揚期になく話題性も少ない課題(というのは我々の力量のなさでもあるが、事実は事実として)の市民運動サイト」として、1更新あたり600〜700件のアクセスを持っていることは決して小さいことではなく、運動系としては「優良サイト」であると胸を張ってよいだろう。

 「9・11」一周年を迎える今、「市民緊急行動」は新たな形へと発展していくことになるが、反平アは今後も運営を続けていきたいと考えている。
これから有事法制を巡る攻防が、政府が「2年間で」としている以上「中期戦」として行われる。そのような流れの中、反平アがどのような役割を果たせるのか。これまでの肯定的な結果は評価した上で、それが果たして当初の問題設定に合致したものだったのか。それらを以下の章で考察していくこととする。


2 我々が取り組んできたこと その目標と成果

2−1 総論
 我々が当初に掲げた6目的がどう実現したか、あるいはしなかったか。
(1) 反戦・平和運動のポータルサイトとしての位置の確立
(2) 全国の反戦市民運動の情報ネットワーク化
Webサイトとしては完全に定着した、といってよい。コアなアクティビストでかつネット接続している人にとっては基本的な情報源とみなされている。また、運動圏の周囲にいる意識的な層も「何かあれば参照する」場として定着した。
cf. 同趣旨のサイトとしてあった「antiwar」は、現在あまり動きがないが、これは同サイトが典型的なネット型運動ポータルであり「盛り上がっているときに自発的に情報が集まる場」「一切の情報は無保証のまま掲載する」である以上、運動の相対的「低迷期」である現在は盛り上がりに欠け、ポータルとしての機能が落ちることは織り込み済みだと思われる。
○一方、「インターネット上での情報ネットワーク化」一般としてみれば、必ずしも反平アが状況をリードしているわけではない。アクティビスト間での情報交換ツールとしては、k-peace MLの存在が既に大きい。(反平アも同MLからの情報提供を活用させていただいている)
(3) インターネットに接続している、反戦・平和運動に興味のある市民に、「市民緊急行動」の理念によってフィルタリングされた厳選情報を提供すること
◎運動情報の提供としては、現在の力量の中ではできる限りのことをできていると言える(これ以上は厳しい)。
○〜△運動ニュースとしては、「市民緊急行動」が直接かかわっているもの、すなわち首都圏での取り組みのレポートについてはある程度まとめることができたがやや不十分さも残る。一方、地方に関しては非常に厳しかった。浜松や長崎からは定期的にレポートが行われて来、大いに役立ったが、他の地域が厳しかった。一般に、日本の運動圏ではこの「集会のレポート」が極めて大きな弱点としてある。海外の運動圏は独自のメディアを持ち、レポートを幅広く流すことが完全に常識になっているのだが。。。これは我々の力量の問題もあるし、正直、日本の市民運動が抱える問題点の1つではあろう。
○〜▲運動のためのリソースの整理・提供としては、署名用紙のPDFデータが予想を超えて活用されたことが特筆される。が、それ以外の資料提供については、(A)資料を整理し、またそれをHTML化して公開するだけの力量が不足した(B)極めて有用な資料のうち、優良刊行物もあり、それを掲載することは「仁義」上まずいので掲載できなかった、などの理由により芳しくなかった。現在はある程度の総量は持っているが、「目的の資料にすばやくたどり着く」というアクセシビリティも、それとは逆の役割である「なんとなくこのあたりを読めばわかる・押さえられる」というユーザビリティも不足しているのが事実である。これらは、一般的なWebサイトデザインと共通の問題点ではある。
(4) インターネット上で、「なんとなく平和がいい」という層を、何らかの形で反戦・平和運動に結びつけること
△キャッチコピー募集や5・3サイバーアクションなどでは、この目的をある程度達することができたと言える。ただしこれらはあくまでも「ネット上での、敷居も負荷も低い形での参加」であり、かつそれを多数に訴えかけられなかったのは反省点としてある。既存マスメディアをどう「利用」するのか、という市民運動の側のメディアミックス論がまだまだ不足している。今後の研究課題である。
×一方、そのような層を巻き込む形でのコミュニティ形成には完全に失敗したといってよい。掲示板の閉鎖はその負の頂点である。
cf. 同趣旨のサイトとしてあった「Chance!」は、ややあざとすぎるほどの目的意識的なコミュニティ形成を行ってきた。その結果「Chance!」は運動圏内でも独自の存在感を放つことには成功したが、動員力・求心力という面では厳しい状況下にあると聞いている。「情勢がなければ何をやっても厳しい」ということは言えるだろう。一方、「Chance!」があくまでもコミュニケーションの場としてMLのみを追求したことは極めて正しく、これにより「Chance!」はコミュニティの維持には成功している。
(5) インターネット上で、反戦・平和運動そのものをつくり出していくこと
▲これには、「ほぼ失敗したが、ヒントを得ることができた」と言えよう。掲示板閉鎖は「失敗」の最大の象徴であるが、12・8や5・3についても「成功だった」とは正直言えない。これは、反平アの力量不足およびノウハウ不足も大きな原因だが、それだけでなく、ネット上の日本語文化圏では平和を求める声を多数組織化すること自体の困難さもあるのではないか、とも思われる。2−3で後述する。
(6) 以上4つについて、これらの方針をあくまでも「市民緊急行動」の論理と組織的信頼性のもとに担保すること
○「市民緊急行動」のみなさんには編集委のミス、力量不足、暴走、怠業などでいろいろとご迷惑をおかけしたにもかかわらず、反平アの「道具」としての意義を積極的に評価していただいた。また、編集委も市民運動内のネットワークから実に多くを摂取させていただけた。これらによって、反平アは、トータルとしては「市民緊急行動」の名に恥じない活動をしてこれた、と考えている。

2−2 Webサイト
(1)広義の「情報出し」に徹する、という目標はほぼ達成した。
cf. バナー運動への協力の多さ・即応性
(2)定期更新体制は、やや危なげになっているが、おおむね週1回を維持している
cf. 定時更新を掲げると、「公約違反」数度で作業のモチベーションが異常に低下
 また更新日直後のアクセスのみがピークとなり、即応性に劣る場合もあり得る
(3)訴求力は、既存運動層にはすでに確立した。潜在層に対してはまずまずだが起爆まで行かなかった。またそれ以外の層に対してはほぼ失敗した、と言ってよい。
 この原因は2−1(4)のとおり、メディアミックスの不発が大きい。(Webサイトそのものへの信頼度は、掲示板閉鎖と直接の結びつきは強くないと考えられる)
(4)また、全国サイトを掲げつつ、行動情報以外は首都圏に偏っていた傾向もあった。これは運動の「高揚」時には「首都の情報・行動など一切を伝える」という面でよい面もあるが(地方独自のサイトなどが増えることを前提として)、現状では情報量総体が目減りする、「地方軽視」との誤った印象を与えかねない、などの問題もある。
地方からの情報、とりわけ運動報告は、地方の市民運動活動家の協力が欠かせない。しかしこの部分で、ただ単に「情報をお願いします」と呼びかけるだけでは、情報はまず寄せられない。とりわけ、「既に行われた行動の報告」を整理する慣習が他国・地域の運動に比して弱い日本の市民運動ではこの傾向はあまりに顕著である。
編集委はこのことに12月の段階で気づき、「通信員」制度を導入しようとした。全国各地の市民運動に呼びかけ、定期的に情報を寄せてもらおう、という制度である。しかしこの方針は、ある程度までの人選・お願いを行ったところで中座してしまった。
現在のコンテンツは、一部の地域からの自発的な情報の他は、すべて、編集委が個人的に収集した情報に依存して掲載されているのである。
地域の情報をポータルサイトが集約する、というのは極めて自然な方針である。しかしこれを現実化するためには、編集委が、まさに書籍や雑誌の編集者と同じく、「レポーター」を任命して原稿集めを行う、という作業が不可欠である。今のところ、編集委はそこまではやりきれていない。
(5)当初から「できればよい」と願望を込めて語られていた外国語版は、結局スタッフを獲得できず、実現できなかった。

2−3 オープンコミュニティ
(1)掲示板はここまで何度も見てきたとおり、完全に破産した。
 ここまで触れてきたとおり、掲示板のようなオープンコミュニティを、反戦・平和運動で維持することは、現状ではほぼ不可能ではないか、と残念ながら考えざるを得ない。反戦・平和を求める人々は、本来ダイナミックな討論や本音が飛び交う、匿名性の強い場にはあまり出てこない逆に「反反戦、反平和運動、『現実主義』」を唱える人たちが、そのような場では多数派を占めている。そのような中、反戦・平和運動の側が掲示板を開設すると、まさに多勢に無勢で荒らされる他はない
 その面では「情勢からして開設の方針そのものが誤っていた」とは言えるが、それでもなお、開設を前提とした上での反省点として挙げられることは、掲示板システムとしてスレッドフロート型を採用したことである。
 スレッドフロート型、すなわちまさに「2ちゃんねる」と同じ方式の掲示板は、今「ホットな」話題が掲示板の上の方に並ぶ、という面で、本来、時事問題の議論には非常に向いているシステムである。編集委はもちろん、これを動機として同型を採用したのだが、どうも、「2ちゃんねらーネットウヨ」は、このシステムを見ただけで、「これは自分たちの場だ」と勝手に決め込む傾向があるように見受けられる。実に理不尽だが、インターネット日本語文化圏全体を見渡すと、そのような傾向があるように思えてならない。
(2)メーリングリスト(paml)は、現在、「予想された範囲内」で静かに活用されている。
 現在の参加数は関係者含めて213人。総人数としてはほぼ増減なしの状態が続いている。
 オープンコミュニティの1つとして位置づけられているため、参加は「自動登録」、すなわち、管理者たる編集委の許可なしに誰でも参加登録を行えるシステムで運用され続けている。
 これまでに何度か、一時的な匿名メールアドレスによってMLに参加した「ネットウヨ」が議論を挑発する、という事態が発生したが、これについては「議論禁止」を対置して封じ込めた。もちろん、他メーリングリストや市民運動でそれなりに「有名」な参加者がこの方針を支持してくださったことを最大要因として、防衛に成功した、と言ってよいだろう。
 そして、この「議論禁止」という約束事からして、MLには運動情報のみが程よく流れる、という状況がここのところ続いている。現在Webサイトがほぼ週1回更新となっているため、これは緊急情報や、できるだけ早く知らせたい情報に関して活用されている。これは、運用条件からすれば妥当な活用の度合いと思われる。
 一方、編集委で提起され、実現を目指しながら実現できなかった企画がある。それは「携帯対応版」である。これについては現在、編集委で「再チャレンジしよう」との声が出ており、3章で述べることとする。

2−4 特別企画・「イベント組織型」としての12・8と5・3
(1) 告知・メディア戦略の失敗
12・8行動は、手探りでやった割には失敗はしなかった、といってよいが、しかし、5・3アクションは、「2度目」だった割には成果を伸ばすことができなかった。
 これらは、当初設定した「まずインターネットから声を挙げる」「それをマスメディア経由でネット外に広げる」という形で行動を広げることに失敗したこと、また、諸グループへの直接の行動呼びかけをなし切ることができなかったことが、直接の原因ではある。
 前者については、もはや日本のマスメディアが、市民運動のための情報を有用だと考えてくれなくなっている、という厳しい状況に規定されている。狭義の「ニュース性」がなければ、メディアは採り上げてくれないのである。これに対しては、長期戦略としては「書いてくれる記者をつくりだす」という積極策をとることで対抗する一方で「市民のためのメディア」をネットに限らず実効性のあるものとして育てていく、と考えるしかないが、短期的には、まさにその「ニュース性」をなんとか確保する、という形をある程度は考えざるを得ない。
 そしてそのための「目玉」として、5・3サイバーアクションはあった。しかしこちらについては、メディアは「サイバーテロの恐れがあるから」という理由で採り上げなかった。ある意味、「日本ではじめての試み」という「ニュース性」を、使い果たしてしまったことになる。
 後者については、12・8に対しての「現在の社会や政治に不満があり、その声を挙げる意志を持つ市民でさえも、呼びかけられた行動には参加を検討するけれども、それよりも「容易だ」と思われるような自発的・単発的行動を自らとることはしづらいのではないか」という総括から、せめて「敷居を下げる」ものとして、5・3について「アクションの事例を多数考えて掲載する」ということを行ったが、これについては編集委の力量が不足したため実現ができなかった。
(2)タイミングの問題
 反戦・平和運動としては「わかりやすい」日付設定の5・3よりも、12・8の方がより多くのアクションを集めることができた理由はいくつかある。もちろん、空爆が行われていた時期と、そうでない時期の違いとして、行動への関心の違いは大きく影響していただろう。しかし、「12・8=ジョン・レノンの命日」の方が「5・3=憲法記念日」よりも一層、反戦・平和運動に関心を持つ人びとにとって強く作用していたこともあるのではないか、と思われる。
 (1)の「ニュース性」とも関連するが、「日付の設定」はかなり重要なポイントではないか、とも思われる。
(3)サイバーアクションの可能性
 5・3サイバーアクションは、「サイバーテロではない」ことを示すため、また実際にメールを受信した議員・関係者に「本文を読んでもらう」ため、参加者は独自のメッセージを登録する必要があった。しかしこれは、「敷居」を大きく上げてしまう。112名という参加数の1つの理由はここにもあるだろう。
 しかし現実に、先駆的に行われているいくつかの試みにおいて、「同じメールを多数から送りつける」手法は徐々に有効性を失いつつある。当初は「こんなに電子メールが来た!」と首長が驚いて政策転換の一因になったケースもあったようだが、メールそのものの特性も社会全体に浸透しつつある現在、「迷惑メール」という概念でひとくくりにされてしまう可能性すらあると言える。
 一方で、数万人もの人が、自分の言葉で抗議メールや意見メールを送りたくなるような事態となったとしたならば、それは既に、我々がそれを「サイバーアクション」として組織化する意味がないほどの情勢になっているのだ、ということも言える。
 「サイバーアクション」の位置については、改めて検討が必要だろう。
(4)まとめ
 以上で見てきたとおり、これらのアクションは、現状の力量で大きな成功を収めるにははなかなか厳しい面がある。
しかし5・3についてはいくつものプラス面があった。「サイバーアクション」として新たな人びとのアクションを、ささやかながら媒介することができたことは事実である。また、動画配信をともあれ本格的に行ったことも技術的成果である。1−6で触れたとおり、これらの成果は今後につなげなければならない。そして、「適切なタイミング」で何らかの企画を提起する可能性は今後も追求し続けなければならない。これまでの反省を活かしつつ。


3 反戦・平和運動における今後の反平ア、およびサイバーアクション

3−1 有事法制反対運動→改憲阻止運動との連携
 「市民緊急行動」が、有事法制反対を主題の1つに掲げた形で発展しようとしている現在、反平アもその流れに沿ってサイト運営を続けていかねばならない。
 そして、現状の反平アは、既にその方針を打ち出している。
 当面は「保守的」に、これまで確実に行えかつ成果を挙げてきた既存コンテンツ構成での各リソースを充実させることに力量を注ぎつつ、5・3アクションが成功とはいえない結果に終わったことを踏まえ、情勢と自らの力量を慎重に見極めた上で、新たな企画を出していくことが必要だろう。
 そしてそのためには、まず、訴求層を明確に設定する必要がある。

3−2 反平アの訴求層
 結論から挙げれば、以下のことが言える。
(A) 活動層には既に浸透しているので、これまで以上の運営をしていけばよい。
(B) 関心層に対してのコンテンツを何らかの形で普及させ、さらにその存在を何らかの形で知らしめていくことを追求する。
さしあたっては、メーリングリストの再編、「通信員」制度の確立による地方情報の充実、「初心者」向け資料集の整備と全体の整理、の3点をめざす。
(C) 「無関心」層に対しては、当面の間は「動画配信など、デザイン上の戦略を考える」以外には積極的策を採らない(というか現状の力量では採るのが難しい)。ただし、イラク攻撃などが始まってしまった場合、情勢が急変することがあるので注意は必要。もっともそのような場合、「正確な情報出しさえしていけば何をやってもそこそこ以上はうまくいくだろう」とは言えるが。

3−3 具体論&技術論
(1)まず、Webサイトの運営については、現在のとおり、「行動提起中心、プラス、レポート&資料集」という体裁で、「ほぼ週1回、ただしこれを義務とはしない、情勢に応じては頻度を大幅に上げる」という更新体制をもって行うこととしたい。
 なお、ページデザインについては「サイト開設1周年」である10月初旬の変更を考えているが、具体案はまだ出ていない。
(2)そして、「通信員」制度を2−2(4)のとおりに確立し、地方からのレポート・情報を拡充する。できるだけ多くの地域について、「通信員」をお願いし、編集委が担当の「通信員」に対して定期的にレポートや情報提供の依頼を行う体制をつくる。
(3)「資料」コーナーが雑然としてきているので、できるだけこれを利用しやすくすることを追求する。また、「初心者」向け・「ここを読めば我々の主張がわかります」的な資料を別個整備することを追及する。といってもこれらの作業はあまりに大変なので、あわてずに行う。
(4)動画配信などの技術的な試みは、今後さらに強めていきたい。これは、既存メディアからの関心の度合いをわずかながら増やす可能性がなくはない。
(5)5・3アクション型の新たな取り組みについては慎重に考えたいが、やがて、この型が必要になったとき、これまでの教訓は必ず活きるだろう。
(6)現在稼動しているメーリングリストはそのまま運用し、加えて別のMLを発信することを検討する。とりわけ、携帯電話メールに対応した版について、利用面・技術面・運用面などで研究・調査を行い、情勢が急変した場合など、即応できるようにしたい。
(7)他国語ページについて、引き続き、訳者の確保を追求したい。

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