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更新:2002年7月1日(月)6:00 (日本時間) |
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◆6.22-23 反戦平和世界行動同時デー 静岡・浜松行動
●6.22静岡行動 ●6.23浜松行動 はじめに浜松基地平和フィールドワークをおこなった。訪れたところは、1930年代後半、日中戦争とともに三方原の基地が拡大され、そのとき朝鮮人労働者を動員して掘られた長池、1940年代に三方原におかれた毒ガス秘密戦部隊跡の門柱(現・自衛隊官舎入口)、浜松基地内のAWACSの遠望、戦争肯定展示の基地広報館。 浜松基地建設(開隊1926年)においても多数の朝鮮人が土木資本のもとで動員されている。日中戦争下に掘削された長池は、植民地朝鮮から移民しこの地に動員された人々の汗と涙に思いをはせることができる史跡である。また、浜松基地のAWACSは日米共同作戦の要となっていく軍用機であり、子どもに戦闘服を着せて写真を撮り販売する広報館とともに日本の軍拡の最前線である。 ●浜松基地要請行動
今年のコンサートの出演者は増加し、歌や演奏が13、詩や語りは5の計18個人・団体となった。出演者だけで50人をこえ、周辺の住民も寺の庭でエイサーなどを聞き、参加者の合計は約200人となった。 コンサートはエイサー(黒潮エイサー同好会・浜太鼓)ではじまり、高校生や小学生がオーボエ・クラリネット・ピアノで好きな曲を演奏。フェルナンド、小林、TOKIWAはそれぞれアンデスの笛、サーランギ、西アフリカの太鼓、アボリジニの笛などを使って演奏した。西アフリカや沖縄の太鼓とアンデスの笛(ケーナ)やチャランゴのセッションになるなど会場はもりあがった。サーランギの演奏は内省の時を刻み、西アフリカの太鼓のアンサンブルは平和と生命の讃歌のリズムで寺をつつんだ。 語りでは水俣、太田川の水問題、浜岡原発訴訟などの訴えがあり、韓国ゲストは浜松での基地史見学の印象と6.22反戦平和デーの主旨を語り、平和に向けての提起をおこない、米軍基地撤去、日米軍事同盟の廃棄、有事法制阻止、東アジアの民衆の連帯に向けての想いを力強く呼びかけた。 地引浩は「とうがらしを噛む」「空」の詩をよみ、国鉄分割民営化以来の労働者差別と軍拡への批判を語った。 内田ボブはひきさかれていく生命たちの蘇生と平和にむけての想いを沖縄体験や長野での生活をふまえて語り歌った。NO! NO! BAND は NO! 有事法をアピールする歌を歌い、韓国ゲストと共に韓国労働者の行進曲も歌った。 満月まつり浜松の「平和と命のメッセージ」が高校生によって読まれた。最後はTOKIWAの平和ドラミングと三線のカチャーシーでコンサートはおわった。 戦争と暴力の連鎖を平和と生命を刻む歌と鼓動で断つということ、国境線のない地球をもとめ、内なる生命と対話しわかちあうこと。戦争・基地・差別・環境破壊のない時代に向けて歩むこと。2002年の6月23日の浜松満月まつりコンサートはこれらの想いをもった歌とリズムが交差する場として設定された。 ナショナリズム、コマーシャリズム、勝利至上主義に支配されたワールドカップの喧騒のなか、「満月まつり」の場は、国境をこえ、人間の価値の商品化を否定し、勝ち負けのない生命の共同にむけての歌と鼓動につつまれていたと思う。 6.22反戦平和世界同時行動デーの宣言には「反戦平和のうねりは戦争の暗闇が立ち込める人類の未来に一条の光となっている」と記されているが、満月まつりはその光にさらに輝きを加えるものであってほしいと思う。
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