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反戦・平和運動レポート : 11.3アメリカ大使館抗議団

投稿日時 2004-11-22 15:16:14 (3189 ヒット)
レポート&フォト
http://mwhansen.hp.infoseek.co.jp/ame/ametai.html

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反戦・平和運動レポート : ヘリ墜落抗議! 宜野湾市民大会に3万人!

投稿日時 2004-9-18 11:30:55 (3532 ヒット)
米軍ヘリ墜落に抗議する「宜野湾市民大会」が、墜落から1カ月が過ぎた9月12日(日)、墜落現場である沖縄国際大学のグランドで開催された。会場には宜野湾市の人々をはじめ、県内外から30000人が参加した。

海兵隊普天間基地所属のCH53Dヘリコプターの墜落に抗議し、基地の撤去を求めるこの集会は9月5日に予定されていたが、5日が「復帰後最大の台風」に見舞われたことから、12日に延期されたものだ。

会場となった沖縄国際大学には、1時すぎから人々が集まり始めた。開催前から若者たちによるエイサーの実演や、ヘリ墜落抗議の署名活動、Tシャツ販売などが行われている。

集会が始まった2時には、グランドは満員になった。練習を終えてきた少年野球チームの子どもたちや、旗を掲げた青年会、自治会やPTA、若いカップルや子どもづれの夫婦、市民運動や労働組合など、多彩な人々が集まった。手製・自作のプラカードを持っている人、横断幕を持っている人、みな思い思いの表現方法をしている。

司会者の進行で集会は始まり、ヘリが墜落した2時18分には、サイレンの音と共に200羽の鳩が放たれた。

伊波洋一宜野湾市長は、「今回の事故は普天間基地の危険性への最後の警告。時間のかかる辺野古への移設では危険を取り除けない。直ちに普天間基地を閉鎖させよう」と訴えた。この、宜野湾市議会議長・自治会長・小・中・高校生代表や大学生代表、女性や老人会など、多彩な市民が決意を表明した。

集会は市民大会決議を採択し、団結がんばろうで締めくくられた。

※写真はなるべく速くアップします。


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反戦・平和運動レポート : 米軍ヘリ沖縄国際大学への墜落事故に抗議し、普天間飛行場の早期返還を求める市民決議

投稿日時 2004-9-18 11:27:17 (3427 ヒット)
 2004年8月13日、午後2時15分頃、沖縄国際大学本館に米海兵隊所属CH-53D型ヘリコプターが接触し、墜落炎上するという大惨事か起こった。

 墜落ヘリは、沖縄国際大学本館の機能を麻痺させ、本館を削り取ったブロック片や部品が地域住民を襲い、その結果、多くの市民が被害を被った。

 墜落ヘリの乗組員3人の負傷だけですみ、民間人には犠牲者が出なかったのは奇跡としか言いようがない。今回の事故は過去に起きたヘリ事故の中でも、最悪の事故であり、日米両政府及び米軍に対し、強い怒りを持って抗議する。

 さらに、米軍は日米地位協定を盾にして、拡大解釈により事件現場の立ち入りを制限し、所有者である沖縄国際大学関係者はじめ、宜野湾市及び県の関係機関を含め日本側の捜査、調査を排除した。そのために、大学運営の回復や地域住民の不安を取り除くための事故原因の究明や被害実態の把握に支障をきたした。提供施設外において米軍が優先され、法治国家である日本の主権が侵害された実態は、異常な事態と言わざるを得ない。

 また、市民、県民が、連日この事故に対して抗議し、米軍機の飛行停止を求めている最中、「原因究明まで事故機は飛ばさない」と在沖米第四軍調整官が自ら発表したにもかかわらず、8月22日の静かな日曜日に次々とCH-53Dヘリを飛行させたことは、私たち宜野湾市民はもとより、沖縄県民に対す悔辱であり、挑戦と受止めざるを得ない。

 1966年のSACO最終報告によると普天間飛行場の返還合意の原点は、危険きわまりない欠陥飛行場を取り除き、県民の基地負担の軽減を図ることであったはずである。返還期限の7年がすでに経過し、今回のヘリ墜落事故は、その原点が極めて問われるものであり、日米両政府には今こそヘリ基地としての運用を直ちに中止させ、普天間飛行場の早期返還を実現するよう求める。

 すでに普天間飛行場所属機50機のうち40数機が同基地を離れていることが発表されており、残る10数機を早急にハワイ等に撤退するように併せて強く求める。




1.被害の徹底調査と事故原因を明らかにし、すべての被害に対する謝罪と完全補償を早急に実施すること

1.すべての米軍機の民間地上空での飛行を直ちに中止すること

1.ヘリ基地としての運用を中止すること

1.危険極まりない普天間飛行場を早期返還すること

1.SACO合意を見直し、辺野古沖への移設を再考すること

1.日米地位協定を抜本的に見直しすること

  以上決議する。

       2004年9月5日

   沖縄国際大学への米軍ヘリ基地墜落事故に抗議し、
   普天間飛行場早期返還を求める宜野湾市民大会



あて先

米国大統領/在日米国大使/在日米軍司令官/在沖米四軍司令官/在沖米国総領事館
内閣総理大臣/外務省/防衛庁長官/防衛施設庁長官/外務省特命全権大使
那覇防衛施設局長/沖縄県知事


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反戦・平和運動レポート : 高遠菜穂子さん講演会「あなたはこの『瞳』と向きあえますか?」

投稿日時 2004-8-2 18:28:32 (4714 ヒット)
■高遠菜穂子さん講演会

広島県北部で青少年の健全育成などに取り組んできたNPO法人「さとやま交流館」(西城町)の主催で19日、高遠菜穂子さんの講演会「あなたはこの『瞳』と向きあえますか?」が三次市文化会館で開催され、小都市にも関わらず、東京や福岡など、県外からも多数参加しまし、大ホールが満員となりました。

高遠さんは事件後はじめての本格的な活動となります。

同法人理事の倉迫健さんが、「600人、400億円もかけて、本当にささやかな支援をするより、高遠さんのほうがよほど崇高な活動をされている」と賞賛。

また、来賓、そして、同法人のスタッフ挨拶と続きました。
続いて、高遠さんが登場。最初に「ご迷惑、ご心配をおかけしました」と深深と頭を下げました。
パワーポイントと、ビデオで説明しながらのお話となりました。

まず、最初に、バグダッド陥落直後に現地入りしたときに刑務所で暮らす家族の写真を紹介。家が戦争で破壊されるなどしてしかたなしに住み着いていたそうです。家族らのために、高遠さんらはカンパを出し合って、野菜などを差し入れていたそうです。

現地では、戦争前には見られなかった、日本や韓国の新しい中古車が目立ったそうです。建設や電気工事などは受注が多く、物流は盛んになっているそうです。

イラク人自身による復旧は徐々に進んでいるようです。また、戦争で壊れたホテルにもIT関係の広告が張り出されるなどしているのが印象に残ったということです。

一方で、ホテルの周りには自爆攻撃防止のコンクリート壁が張られ、そこには「US GO HOME」といった落書きがされていたりしたそうです。

現地の人は、昨年5-6月ごろは、「サダム(フセイン大統領)」から助かった、と思っていたそうですが、一方で、高遠さんが病院を回ると、被害者から「なぜ日本は戦争を支持した」と罵声を浴びせられ
大変だったそうです。

とくに、クラスター爆弾によるこどもたちへの被害が甚大だったということです。

学校へは、治安が悪いため、親が送り迎えしたり、あまりこなかったりするこどもたちもおおいそうです。そんななかですが高遠さんは、扇風機をつけたり、ボロボロの机を交換するなどしていたそうです。

学校の門番は、拳銃を買ったことを自慢していたそうですが、治安の悪化のなかで、拳銃をやみ市場で買う人が多いそうです。

自衛隊派兵の影響について高遠さんは、「街中で『スパイだろう』と怒鳴られたり、外国のNGOとのミーティングで、日本人はよからぬ目でみられていることをきいたりした」ということで、「日本の自衛隊の動きは、他国に比べ詳しく報道されていた」ということです。

爆弾で殺される人もしばしば出ているのがいまのイラクですがそれでも人々は「街に出ないわけには行かないから出ている。そして、暗さを覆い隠そうとするのか、冗談をよく言う」ということです。

最近では、「サダムのころのほうが良かった」と言う人も多いそうです。

さて、高遠さんがもっとも「苦闘」したのはストリートチルドレンの
手助けです。

シンナーを吸っている子供が多い。そして、ガラス片やナイフを持っており、結構怖かった、ということです。

シンナーでラリっているため、つまらないことで喧嘩する子供たちは生傷が絶えません。高遠さんは、喧嘩の仲裁と傷の手当てに終われ、毎日のように血を見ていたそうです。

子供の喧嘩がイラク警察や米兵に見つかると連れて行かれてしまうので、慌てて、裏道に追いやろうとするのですが、高遠さん自身もそれで打撲などが絶えず、ハードな毎日だったそうです。

子供たちには大人は冷たく、ストリートチルドレンを見ると、大人は、「アリババ=泥棒」とののしり、棒で叩くそうです。

そんなこんなで大変だったそうです。今、バグダッドには3000人ものストリートチルドレンがいるそうですが、高遠さんはこどもらの社会復帰を目指しています。

ただ、4月の事件以降、もちろん、活動は出来ていません。しかし、フランスのNGOのひとなどがかなり動いてはくれているとのことです。

高遠さんのお話が終わると、ほんとうに満場から拍手が起こりました。

高遠さんは、やはり、すこし細くなっておられる印象でしたが、それでも、元気に話していたので安心しました。


satoh shu-ichi
hiroseto@f2.dion.ne.jp
地域・平和・人権・環境 広島瀬戸内新聞
http://www.h2.dion.ne.jp/~hiroseto/


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反戦・平和運動レポート : 3.27イスラエル大使館抗議行動

投稿日時 2004-4-4 16:58:27 (4252 ヒット)
 3月27日土曜日、東京千代田区のイスラエル大使館に対する抗議行動が行われた。この抗議行動は、イスラエルによるさいきんのガザ攻撃や、ハマス創設者アハメド・ヤーシンさん暗殺など、イスラエルのパレスチナ和平プロセスへの逆行に抗議するもの。呼びかけの予想を超える約200人が参加した。抗議行動参加者は、5時30分に麹町駅に集合し大使館へと向かうが、警備警察は「大使館前には代表しかいかせない」という。それに抗議し、4波に分かれてイスラエル大使館前まで進み、抗議の集会をもちアピールの声をあげた。

 イスラエル大使館前では、中東現代史が専門の法政大学教授の奈良本英佑さんが、現在のパレスチナ情勢について解説。奈良本さんは「今回の暗殺を直接指揮したイスラエルのシャロン首相は、1982年のパレスチナ難民虐殺事件(少なくとも800人殺害)の責任を問われて閣僚辞任に追い込まれた。しかし2001年の首相選挙で不死鳥のように復活、3月に政権のトップに立った。右翼政党リクード党首としてエルサレムで最重要なイスラーム聖地に乗り込むなど、今に至る『暴力の連鎖』をつくった」と話した。

 参加者は、「イスラエルは占領をやめろ」「断ち切ろう暴力の連鎖」などと書かれたプラカードや、キャンドルを持参。大使館に向けて「イスラエルはパレスチナへの攻撃をやめろ!」「ヤシンさん暗殺をゆるさない」とシュプレヒコールをあげ、最後にイスラエル政府への抗議文を読み上げた。(YA)





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反戦・平和運動レポート : 有事関連7法案と3条約に反対する緊急国会行動

投稿日時 2004-3-9 21:32:33 (4334 ヒット)
 本日、小泉内閣は有事関連7法案を閣議決定しました。

 これを絶対に容認しないとの立場で、12:00〜12:40分までは衆議院第1議員会館前で、12:50〜13:00までは首相官邸前で抗議行動を行いました。参加者は70名余り。呼びかけは、キリスト者ネット、宗教者ネット、市民緊急行動の3団体です。進行は市民緊急行動の高田が行い、主催者挨拶は宗教者ネットの石川上人、国会報告は社民党の阿部知子衆院議員、山本喜代宏衆院議員、民主党の小林千代美衆院議員、社民党の照屋寛徳副党首、共産党の宮本岳志参院議員が発言。陸海空港湾労組20団体代表の村中航空連副議長や学生などが発言しました。

 その後、官邸前に移動してシュプレヒコールを行いました。参加者はこの日を契機に有事法制反対闘争を強めることと、当面、3・20集会の成功のために全力を挙げることを確認しあいました。

(高田健)


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反戦・平和運動レポート : イラクにも朝鮮半島にも平和を! 2.29行動

投稿日時 2004-3-8 15:09:59 (5249 ヒット)

 2月29日、東京・上野水上音楽堂で「3・1朝鮮独立運動85周年 イラクにも朝鮮半島にも平和を!」行動の集会が開かれ、350人が参加した。

 この行動は、自衛隊のイラクへの派兵に反対すると共に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する経済制裁や有事関連法など戦争立法に反対することをテーマに行われた。

 集会はウリトの韓国民族楽器演奏でオープンし、初めに実行委員会を代表して渡辺健樹さん(日韓民衆連帯全国ネットワーク共同代表)は、「排外主義を克服してイラクにも朝鮮半島にも平和をという流れを大きな流れにして行こう。」と力強く闘いの呼びかけを発し、主催者挨拶をした。

 集会は、芦澤礼子さん(基地はいらない女たちの全国ネット)と西野瑠美子さん(VAWW-NETジャパン)の司会で進行、前半は、ヨッシーとジュゴンの家、ザ琉球ネシアンズ、ノレの会の音楽グループの歌をはさんで、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、反天皇制連絡会、WORLD PEACE NOW、VAWW-NETジャパン、枝川の朝鮮民族学校の土地取り上げ問題について訴訟担当の弁護士、許すな! 憲法改悪・市民連絡会、自衛隊の海外派兵と戦争協力に反対する実行委員会、北朝鮮人道支援ネットワーク、WEMEN IN BLACKからのリレートークが行われた。

 また途中沖縄満月祭り実行委員会のまよなかしんやさん、ピースリンク広島・呉・岩国の湯浅一郎さん、名古屋の有事法制反対ピースアクション/不戦へのネットワークの山本みはぎさん、在日韓国統一連合からのメッセージが紹介された。

 集会の後半は、メインスピーカーの発言が行われた。韓国からゲストとして来日した統一連帯(6・15南北共同宣言の実現と韓半島の平和のための統一連帯)・対外協力委員長のキム・ソンランさんと、日本側からは井上澄夫さん(自衛隊のイラク派遣と憲法改悪に反対し、戦争への非協力を宣言する意見広告運動)が話をした。

 キム・ソンランさんは、「3.1独立運動を記念して、イラク反戦と共に朝鮮半島の平和を叫ぶのは意義深いことであり、とても嬉しく思う。イラクに日の丸が翻ったことで、昔を思い起こし、また世界で日の丸が翻るのではないかと韓国と世界の民衆は憂慮している。アメリカは一方で対話を求めるそぶりをしながら片方で核先制攻撃も辞さない姿勢を貫いている。日本政府はアメリカの忠実な手先だ。日米同盟の強化にしたがって北朝鮮への圧迫が強化されている。皆さんは軍国主義に反対し平和を求める日本の民衆であり朝鮮半島の平和を望む真の友人だ。今日集まった方々の役割は大きい、人間の力は偉だ、平和のために命をかけてかんばれは、今日は数百人かもしれないが、ある日数千人、数万人になる。これからも日韓民衆連帯強化のためにかんばっていこう」と述べた。

 井上さんは、「今日私たちは1919年の3・1独立運動を強く意識してここに集まった。私たちは今戦時下の反戦運動をやっているのだ。今や戦争国家が完成しようとしている。世論の大勢が北朝鮮バッシングにマスメデアを含めて加担している。今必要なのは植民地支配の清算をすることだ。明確な謝罪と補償を前提として日朝間の国交を樹立することこそが必要だ。私たちはイラクからの撤兵を要求する。有事立法の完成を許さない闘いを進めよう。日朝間に国交を樹立し、東アジアに恒久的な平和を作ることが私たちの任務だ。」と発言した。

 最後は、第九・喜びの歌と聖者の行進の曲で同じ歌詞の替え歌を歌い、シュプレヒコールを叫びデモに出発、沢山の人出で賑わう御徒町周辺で元気良くアピールした。

(日韓民衆連帯ネットワーク 尾沢)







 PHOTO提供:ムキンポさん


 行動よびかけ




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反戦・平和運動レポート : 自衛隊はイラクへ行くな!殺すな!殺されるな 即時撤退を求める2.15防衛庁抗議行動

投稿日時 2004-3-2 7:27:00 (4683 ヒット)


 自衛隊はイラクへ行くな! 殺すな! 殺されるな 行動実行委員会の呼びかけでおこなった、今日の2.15防衛庁抗議行動の簡単な報告です。

 12時、市ヶ谷の外濠公園に集合し、出発前の短い集会を12時半過ぎくらいまでおこない、防衛庁へ向けてデモ出発しました。
 この取り組みは、呉、小牧、北海道で前日から取り組まれている陸・海・空自派兵に反対する現地行動に連帯すべく日程を組んだ行動です。

 実行委員会は、それぞれの現地から、行動参加者への連帯のメッセージや、防衛庁への要請書を預かりました。当日、集会ではそれら届けられた要請書、抗議文、集会参加者へのメッセージなどを紹介し、読み上げました。
 また、14日の北海道での現地行動に参加した実行委メンバー(天野恵一さん)がとんぼ返りで戻ってきて、短い報告。
 呉の14日の行動の報告も紹介しました。

 抗議文やメッセージを私たちに託された現地行動を呼びかけられていたみなさん、連日の行動とその準備で多忙な中で、ありがとうございました。このことによって、現地の行動が東京での行動参加者にほんの少しでも伝えられ、共有できる場をつくり出すことになったことを、行動を準備した実行委員会は喜んでいます。いま、北海道で、小牧で、呉で、同じように行動している人がいる、ということをみんなで確認しながら、デモと対防衛庁行動を最後まで元気にやり通せました。

 防衛庁での申し入れ行動では、無事、担当官として出てきた防衛庁職員(堀尾さん)を前に、預かった防衛庁への要請書等を読み上げ、手渡しました。
 担当官は、私たちが持っていった実行委と各地からの要請書を、明日にでも石破茂防衛庁長官に伝え、手渡す、と言葉にしたのを確認しています。それでどうなるというものでもなく、腹立たしいかぎりではありますが、抗議し、反対する存在があることを、常に見せつけていく必要はあります。虚しさにめげず、抗議の声をあげ続けたいと考えています。

 そういうわけで、私たちは、来月3月13日(土)にも、防衛庁へ出かけます。日程が近づいてきたら、再度、ご案内したいと思います。どうぞ、一緒に行動してください。一緒に防衛庁に文句つけにいきましょう。

 今日の参加者は150人でした。

(桜井大子)

 自衛隊はイラクへ行くな!殺すな!殺されるな 即時撤退を求める2.15防衛庁抗議行動よびかけ









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反戦・平和運動レポート : 2月15日 護衛艦「さみだれ」のアラビア海派遣に抗議の海上デモ

投稿日時 2004-3-2 5:50:04 (4441 ヒット)
 前日の「おおすみ」のイラク派兵のスタートの余韻が納まらない中、朝、7時に呉YWCA集合。7時15分、車2台で出発。

 7時30からボート準備に入り、8時20分頃完了。その頃には、12人となる。8時20-40分、海に。7隻に9人が分乗した。いつものボート運転手が皆都合が悪く、Oさんに頼んだ。しかし、免許はとったばかりで、船外機を扱ったことはゼロ。僕が、免許不更新だがセットし、動かす努力。ところが、なかなかエンジンがかからない。しばらくして、やっと動き出す。よかった。しばらく動かしたが、本当に数年ぶりで、おぼつかない。しばらくして、Oさんに変わってもらった。初の海上デモの船長である。あとで聞いたら、Hさんも免許を持っているとか、これは心強い人が出てきた。ちなみに今、免許を持っていて、協力をお願いできる人は、6人となった。

 8時40分頃、沖に出る。Fバースの南側に停泊している護衛艦「さみだれ」では、既に出港の儀式が行われていた模様。丁度、近づいた頃、タグボートが2隻動きだした。出港だ。それを追いかける形で、「「さみだれ」 は行くな!」とシュプレヒコールをくり返した。Fバースには、多くの家族や自衛官が旗を振っている。その目の前を通り過ぎながら、シュプレヒコールを続けた。船が大麗女島をかすめて、見えなくなったので、すかさずFバースにいる人々に向けたアピールに切り替えた。

 14日の「おおすみ」のイラク派兵に続き、今日は「さみだれ」がアフガンテロ掃討支援のためアラビア海へ派遣されたことが、「派兵国家への重要なステップであり、その中で呉が担う位置が大きいこと」、「自衛隊が、専守防衛から全く踏みはずれたところに引きずり出されている」ことなどを訴えた。羽熊さんは、「小泉さんは、戦争に行くわけではないと言っているが、本当か。自分の親父は、満州で医者をしていたが、そのときも、日本は「日本人を守る」「アジアを解放する」と言って戦争に突入していった。今と何も変わらない。とても心配で、いてもたってもいられなくて、今日ここにやってきた」と訴えた。

 帰路では、土井さんが九条の歌などを歌ってくれた。

 陸では、他のグループの5人が、シュプレヒコールをくり返していたらしいが、僕らが帰ったときには、既にその姿はなかった。

 陸に上がり、片づけをしていると、女子高生2人が、カメラを持ってまっていた。呉の高校の放送部だという。生徒の中には、自衛官の子弟もおり、今のイラク派兵についていろいろと市民の声を集めているという。僕もインタビューを受けた。名前は? ピースリンクとは何か? 今日の行動はどんなことをしたのか? 自衛官や家族にどんなことを訴えたのか? 高校生にいたいことは? など、かなり長いインタビューだった。「物事の底に流れているものを見る視点と、見とおす力を持ってほしい」と話した。

 昨秋以来、とりあえずの目標とした、「おおすみ」のイラク派兵反対行動は、一つの節目を迎えた。止めることはできなかったが、呉での市民運動の地平で見れば、動員力、自衛官や家族への接近、世論形成などの点でそこそこの成果はあったと思う。ボートの片付けをしたあと、最後に残った3人で、昼食をしながら飲んだビールは実にうまかった。

湯浅一郎(ピースリンク広島・呉・岩国)


 広島の戸村さんよりフォトレポート(外部リンク)
 今朝、護衛艦「さみだれ」が呉を出航してペルシャ湾に向かいました(室蘭経由)。羽熊直行さんが参加され、11枚の写真を送信して頂きました。
 下記をクリックして頂くと11枚の写真が出てきます。
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead135/135-1.4.2.15samidareheiwasendn01-05.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead135/135-2.4.2.15samidareheiwasendn06-11.htm


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反戦・平和運動レポート : 2月14日 揚陸艦「おおすみ」の呉出港反対行動

投稿日時 2004-3-2 5:14:42 (4644 ヒット)
反戦・平和運動レポート      海上16隻、30人、全体で50人強

 「風が強く、これ以上の、海上デモは危険です」。海上保安庁の現場の責任者がしきりに声をかけてくる。14日の午後1時15分頃のことである。私たちは、呉港にいつものように、ゴムボートを浮かべ、「おおすみ」のイラク派兵が強行されようとする状況にものを言おうとしていた。確かに、風は強かった。うねりも出てきた。また雨が降ってきた。これはまいったな。あとで思えば、せめて、エンジン付きを残しておけばとも思ったが、ここで事故を起こしたら元も子もないので、引き上げることを決断した。何とも後味の悪、満足感のない海上デモだった。昨年来ずっと天気には恵まれてきたのに、何と本番でやられてしまった。夜のニュースは、早くも春一番が吹き、各地で、農作物の被害などが出たと報じている。確かに南の風で暖かく、黄砂のように空は黄色くなっていた。我々もその被害者の一人なのだ。

 朝10時、呉YWCAに集合。昨夜、3人で積み込みは終わっていたので、とにかく現地に。1時から基地周辺は交通規制がかかるのだ。いつもボートを準備する潜水艦基地の入り口は、機動隊の車でびっしり。我々の車を置くところがない。新左翼の党派が約80人ほどが既に来て、シュプレヒコールを重ねている。神戸製鋼側では、大きな日の丸を振って、右翼が100-150人ほどで、激励。ゴムボート数隻で出る予定だったが、ほとんど沖には出れなかったとのこと。これを区別するため、機動隊が出動していたというわけである。

 警察と交渉して、ボートのつみおろしに停車することは許可された。が、下ろしたあと車の置き場がなく、呉YWCAに車をもどし、タクシーで来ることとなった。既に、10人ちかくがいて、とにかく膨らます作業を始めた。12時過ぎ、何とか16隻のボートを2チームにして、海上に浮かべ、何度か周回したあと沖に向かった。海に出たのは30人。陸に20人ほどが残った。

 初めはたいしたことなかったのだが、途中南東の風が吹き出し、潜水艦に5-6隻が吹き付けられ身動きできなくなる場面もあった。板を持って掲げていたときに強風にあおられ、2人が海に落ち、海上保安庁に助けられると言うこともあった。自然が相手とはいえ、これほど苦戦した海上行動はなかった。

 1時30から約45分、陸に上がって、主にシュプレヒコールを中心に抗議の声を上げた。2時5分頃、「おおすみ」からの黒煙が一段と大きくなった。ある党派の学生部隊の3隻が、海保から離れるように促され、「おおすみ」がスーと出て行った。僕らのボートもいつもはこういう風に見えているんだろうなと、変な感慨がこみ上げた。

 船が出た後、いくつものマスコミから、「おおすみ」の派兵が始まってしまったことについておコメントを求められたが、伊達君らが場を取り仕切って、名古屋、広島からのメンバーに発言をお願いしてくれていた。最後に、今日のまとめとお礼をして、散会。

 行動としてはやや不発に終わったが、自然相手ではどうにもならない。人数としては、50人を超えており、この間の行動の蓄積がもたらした自力のようなものを感じた。

 呉YWCAで一通りの片付け。明日も、早朝、7隻ほどのボートを出す予定だ。今回の勝負の一つは、15日の護衛艦「さみだれ」に対しても、執拗に行動を行うことだと思う。政府は、二日続けての海外派兵・派遣をつうじて、まさに「派兵国家」への道を暴走している。その姿を見届け、憲法九条をめぐる攻防に視野を合わせた取り組みが求められていることを強く意識した一日だった。広島、三原、福山、三次などの県内はもとより、名古屋、鳥取から来ていただいた皆さんに心よりお礼申し上げる。


 海上からのアピール例:
 海上自衛隊呉基地周辺の市民の皆さん、自衛隊員の皆さん
 Fバース周辺の自衛官、ご家族の皆さん!
 私たちは、ピースリンク広島・呉・岩国の平和船団です。
 本日、輸送艦「おおすみ」がイラク特措法により、イラクに派兵されようとしていますが、これには何一つ正当性はありません。

I 私たちは、被爆県・呉からの輸送艦(以下、戦車揚陸艦)「おおすみ」のイラク派兵及び護衛艦「さみだれ」のアラビア海派遣の中止を求め、軍転法の精神に沿い呉を海外派兵の拠点にしないよう求めて、最後の最後までアピールをするべく、海上デモをおこなっていきます。

II 今、沖に見える桟橋の両側に2隻の艦船が停泊しています。輸送艦「おおすみ」と護衛艦「さみだれ」です。「おおすみ」は、戦地とも言うべきイラクへの物資輸送のため、今日、呉を出て、室蘭で荷物を積んで、イラクへ向かう予定です。「さみだれ」は、明日の朝、アフガンの対テロ掃討作戦のため、アラビア海に向けて出て行きます。二日続けて、海外での作戦行動のために艦船が出て行くというのは、自衛隊創設以来 初めてのことです。LST、戦車揚陸艦です。海外での侵攻作戦ができるきわめて攻撃的な艦船が、派兵されるところに、本質がある。
 今、日本は「派兵国家」とも言うべき国になるために暴走を始めているとしか言いようがありません。それが、呉という被爆県の街から始まろうとしていることを何として求めねばなりません。

III 「おおすみ」のイラク派兵には何一つ正当性がありません。
 a)アメリカによるイラク戦争は、全く根拠のないものであり、むしろ、戦争犯罪である。
 イラク戦争の理由となった生物・化学兵器などの大量破壊兵器は未だに見つかっておらず、アメリカのイラク攻撃の根拠はぐらついています。その限りにおいて占領支援のために、自衛隊を出すことは何一つ正当性がありません。
 それどころか、アメリカは、1万人とも言うイラク市民を殺りくし、メソポタミア文明発祥の地の自然や社会的基盤を破壊し、永遠の放射能汚染源としての劣化ウランをイラクの各所に残したのです。これらはすべてアメリカという国家による犯罪です。

 b)自衛隊の任務は、「人道復興支援」は名ばかりで、米軍を中心とした「連合軍」の仲間として、占領の支援活動をすることであり、「国際貢献」でも何でもない。
 日本政府が「人道復興支援」とくり返し主張しても、日本がアメリカのイラク戦争を全面的に支持し、その占領を支援する限り、日本は、アメリカの同盟国として標的にならざるを得ません。それを承知で、自衛隊を派兵するのは、イラク特措法、自衛隊法、憲法九条に照らして全く違法であります。

 c)隊員の中には、イラク派兵と自衛隊法・憲法九条との矛盾、イラク戦争の不正義とイラクの市民や自然が破壊されたこととの関係について、人間的な問いかけがわき起こっていると想像します。またイラク派兵が、「国民を守ることに寄与するどころか、逆に国民の危険性を高めることにしかならない」のではとの強い疑問に悩んでいるはずです。1月22日夜、イラク派兵の対象艦の一つである揚陸艦「くにさき」の作業艇が、防波堤に激突し、10人が重軽傷を負った事故は、不安や悩みを持った隊員が多数おられる状況を反映したものです。自衛隊員は、政府の誤った政策の被害者です。今、派遣すれば、自衛官の生命と人権がないがしろにされることは明白である以上、自衛官の生命と人権を軽んじた派遣命令には従うべきではありません。

 d)私たちが暮らす被爆県の呉から輸送艦=戦車揚陸艦を派兵することは、ヒロシマが、アメリカの占領に加担することを意味しており、なんとしても中止していただきたい。被爆者が市民として多数生活し、敗戦まぎわに甚大な空襲被害を受けた呉市が、横暴で、大義のないイラク戦争を正当化するアメリカ政府のために、自衛隊を派兵する街にすることは許し難いこととして、いてもたってもいられません。

 e)揚陸艦がイラク派兵されれば、呉は、海外派兵の拠点としてますます機能強化されます。既に2001年11月以来、アフガンでの対テロ掃討作戦の戦争協力という〈戦時下における海外派遣〉が続いています。実際、「おおすみ」がイラク派兵に出た翌日には、対テロ特措法によりアラビア海に向け護衛艦「さみだれ」が派遣されます。別個の二つの法律により、海外での作戦行動のために呉から2日続けて艦船が出ると言う事態が、戦後初めて出現することは、呉の置かれている現実を象徴するものとしてきわめて深刻です。
 これは、軍転法の精神を全く踏みにじるものであり、軍転法によって「平和産業港湾都市」をめざしてきた呉市政を根本から覆えすものであり、絶対に容認できません。今こそ、貴職として、旧軍転法案要綱理由書(1949年10月)の平和宣言を見直していただきたい。


シュプレヒコール:
イラクへの自衛隊派兵をやめろ! 「おおすみ」の派兵をするな!
戦車揚陸艦を派兵するな! イラクへの戦費を出すな!
米英軍はイラクから撤退しろ!

インド洋派遣部隊を即時撤収しろ!
護衛艦「さみだれ」のアラビア海派遣を止めろ!
自衛隊は海外派兵を止めろ 呉、佐世保からの派兵を止めろ
広島、長崎からの派兵を止めろ
被爆地を海外派兵の拠点にするな

海外派兵を普通のことにするな
自衛隊の海外派兵絶対反対!
集団的自衛権の行使をするな!
後方支援は、戦争の一部だ
日本は戦争協力をするな!

憲法九条を殺すな! 憲法9条を活かそう!
平和憲法を守ろう! 軍転法を活かそう!
基地のないヒロシマを作ろう!

「自衛官は逃げ出せ!」
「逃げても恥ではないぞ!」
「撤退する勇気を!」
「復興支援なんて嘘っぱちだ」
「ブッシュのための公共事業だ!」 「足りないのは薬だ!」
「足りないのは先生だ!」 「足りないのは雇用だ!」
「装甲車なんか要らないぞ!」 「無反動砲なんか要らないぞ!」
「大量破壊兵器なんてなかったぞ!」

湯浅一郎(ピースリンク広島・呉・岩国)


 戸村良人さんのフォトレポート(外部リンク)
 ついに被爆県広島の、広島の隣の「呉」、海上自衛隊呉基地から強襲揚陸艦「おおすみ」がイラクへ向け出航しました。私達は新しい、悲しい歴史の1ページが静かに開かれるのを目撃しました。
 下記をクリックして頂くと70枚の写真が出てきます。
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-1.4..2.14oosumiheiwasendan01-10.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-2.4..2.14oosumiheiwasendan11-20.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-3.4..2.14oosumiheiwasendan21-30.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-4.4..2.14oosumiheiwasendan31-40.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-6.4..2.14oosumiheiwasendan51-60.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead134/134-7.4..2.14oosumiheiwasendan61-70.htm


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